ニューロン(神経細胞)が互いにネットワークを形成して「会話」する脳組織を3Dプリンティング技術で作成することに成功したという研究結果を、米ウィスコンシン大学マディソン校の研究グループが発表した。研究グループは、「研究室における神経学的プロセスの研究を進歩させる画期的な成果だ」と述べている。同大学マディソン校ワイズマンセンターのSu-Chun Zhang氏らによるこの研究の詳細は、「Cell Stem Cell」2月号に掲載された。
Zhang氏は、「これは、ヒトの脳細胞や脳の部位がどのようにコミュニケーションを取っているのかを理解する上で、非常に強力なモデルになる可能性がある」と述べ、「この3Dプリントの脳組織は、幹細胞生物学、神経科学、そして多くの神経疾患や精神疾患の発症機序に対する見方を変える可能性がある」と付け加えている。
Zhang氏らによると、脳研究の分野では、すでに脳組織の一部を再現した有機モデル(脳オルガノイド)が作成されている。しかし、脳オルガノイドの成長の仕方は、3Dプリンティング技術で作成した脳組織と比べると、細胞の組織化や相互結合能力の点ではるかに劣るという。
3Dプリンティング技術を用いて脳組織を作成する以前の試みでは、ニューロンやグリア細胞を含む層を垂直方向に積み重ねるアプローチが取られていた。これに対してZhang氏らは今回、iPS細胞(誘導多能性幹細胞、人工多能性幹細胞)から成長させたニューロンを従来よりも柔らかい「バイオインク」ゲルに配置し、これを水平方向に並べるアプローチを採用した。Zhang氏は、「この組織は、構造を保つのに十分な強度と、ニューロンが互いに成長し、ネットワークを形成するのに必要な柔軟性を兼ね備えている」と説明する。同センターの一員で論文の筆頭著者であるYuanwei Yan氏はさらに、「このアプローチでは、細胞が比較的薄い層の中に置かれるため、周囲の培地から必要な栄養素や酸素を効率的に吸収できる」と補足している。
この方法で組織を培養した結果、細胞は、神経伝達物質を使って互いに信号を送り合い、組織内だけでなくそれぞれの組織を越えて、本物の脳に匹敵するようなネットワークを形成することが確認された。
Zhang氏は、「われわれは、大脳皮質と線条体を3Dプリントしたが、驚くべき結果が得られた。脳の異なる部位に属する別々の細胞同士でも、非常に特殊な方法で互いにコミュニケーションを取ることができたのだ」と話す。
Zhang氏は、「われわれの研究室は優れた技術を持ち合わせており、いつでもあらゆるタイプのニューロンを作成できるし、それらをほぼ自在に組み合わせることができる」と話す。同氏はさらに、「組織をデザインしてプリントすることができるので、ヒトの脳のネットワークがどのように機能しているのかを、明確なシステムの中で調べることができる。つまり、ほしいものを正確にプリントできるため、特定の条件下で神経細胞が互いにどのように会話しているのかを具体的に観察することが可能なのだ」と強調している。
研究グループは、今回作成された3Dプリント組織は、特別な装置を必要とせず、標準的な顕微鏡で神経学的プロセスを調べることができるため、ほとんどの研究室で簡単に使用できると考えている。また、この組織がダウン症、アルツハイマー病、脳の発達に対する理解を深めるための研究や、実験薬の開発に活用できる可能性を示唆している。
Zhang氏は、「これまでの研究は一つのことに注目することが多かったので、重要な構成要素が見逃されがちだった。しかし、脳というものはネットワークの中で働いているのであって、細胞単独で働いているわけではない。細胞同士は互いに話し合っているのだ。脳のこのような機能の仕方を真に理解するには、脳を一つのまとまりとして研究する必要がある」と話している。
[2024年2月6日/HealthDayNews]Copyright (c) 2024 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら