退職後には心疾患のリスクが低下することが、世界35カ国で行われた縦断研究のデータを統合した解析の結果、明らかになった。京都大学大学院医学研究科社会疫学分野の佐藤豪竜氏らの研究によるもので、詳細は「International Journal of Epidemiology」に5月8日掲載された。著者らは、「退職年齢の引き上げで、新たな医療コストが発生する可能性もある」と述べている。
現在、多くの国が人口の高齢化を背景に、退職年齢と年金支給開始年齢の引き上げを検討・実施している。しかし、退職による疾患リスクへの影響は十分検討されていない。仮に退職によって疾患リスクが変わるのであれば、国民医療費にも影響が生じることになる。これを背景として佐藤氏らは、退職前後での健康状態の変化を検討可能な世界各国の縦断研究のデータを用いて、特に心疾患とそのリスク因子に焦点を当てた解析を行った。
日本の「くらしと健康の調査(JSTAR)」や、米国、欧州、中国、韓国など35カ国の縦断研究の参加者のうち、退職というライフイベントが生じ得る50~70歳、計10万6,927人を平均6.7年間追跡。各国の年金給付開始年齢を操作変数とし(退職年齢と見なし)、その年齢の前後での疾患リスクなどの変化を解析した。
その結果、退職により心疾患のリスクが2.2パーセントポイント低下することが明らかになった〔係数-0.022(95%信頼区間-0.031~-0.012)〕。また、運動不足(中~高強度運動の頻度が週1回未満)の該当者が3.0パーセントポイント減少することも示された〔同-0.030(-0.049~-0.010)〕。
性別に検討すると、心疾患のリスク低下は男性と女性の双方で認められたが、女性でのみ、喫煙者〔-0.019(-0.034~-0.004)〕の減少が認められた。また、就業中の勤務内容が肉体労働か否かで二分した場合、心疾患のリスク低下や運動不足該当者の減少は、非肉体労働者でのみ観察された。さらに肥満の割合に関しては、非肉体労働者では退職後に低下が見られたのに対して〔-0.031(-0.056~-0.007)〕、肉体労働者では退職後に上昇していた〔0.025(0.002~0.048)〕。
このほかに、教育歴の長さで全体を3群に層別化した検討では、心疾患のリスクは3群全てで退職後に低下していた。また、教育歴が最も長い群では、脳卒中リスクの低下〔-0.014(-0.026~-0.001)〕や、肥満の割合の低下〔-0.029(-0.057~-0.001)〕、運動不足該当者の減少〔-0.045(-0.080~-0.011)〕も観察された。
以上を基に論文の結論は、「われわれの研究結果は、退職が心疾患リスクの低下と関連していることを示唆している。その一方、心疾患のリスク因子と退職との関連については、個人の特徴による影響の違いが認められた」とまとめられている。また、各国の政策立案者への提言として、「退職と年金給付開始年齢とを引き上げることの財政上のメリットだけでなく、退職を先延ばしすることで、高額な医療コストが発生することの多い心疾患患者が増加する可能性のあることも、考慮する必要があるのではないか」と述べられている。
[2023年6月12日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら