医師の応召義務、診療しないことが正当化されるケースとは/日医

診療時間内か診療時間外かで、応召義務の解釈は異なるのか? 7月24日、日本医師会の定例会見で、現代における医師の応召義務の解釈と対応の在り方について検証した厚生労働省研究班による報告書の内容を、松本 吉郎常任理事が解説した。この報告書は、2018年度の厚生労働科学研究費により実施された「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈についての研究(研究代表者:上智大学法学部 岩田 太氏)」の研究報告書1)として、7月18日の社会保障審議会医療部会に提出されている2)。
医師の応召義務の法的性質とは? 刑事罰は規定されているのか
医師法(昭和23年法律第201号)第19条において、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」(いわゆる応召義務)とされている。医師の応召義務は、その存在が純粋な法的効果以上に医師個人や医療界にとって大きな意味を持ち、医師の過重労働につながってきた側面がある、と報告書では指摘している。実際に本研究班は、医師の働き方改革に関する検討会の議論の中で、医師の労働時間を短縮できない背景の1つとして、考え方の再整理が必要との声が上がり設置された経緯がある。報告書では、医師の応召義務の法的性質を下記のように整理している:
(1)応召義務は、医師法に基づき医師が国に対して負担する公法上の義務であるが、刑事罰は規定されておらず、行政処分の実例も確認されていない
(2)応召義務は、私法上の義務ではなく、医師が患者に対して直接民事上負担する義務ではない、ことが確認された。また、不合理な診療拒否は患者に対する私法上の損害賠償責任を発生させ得るが、その過失の認定に当たって、応召義務の概念が援用されていることが下級審裁判例において確認された
医師の応召義務について診療・勤務時間内/外に分けて事例を整理
これらの考え方・正当化される事例の整理を通じ、報告書冒頭の研究要旨では、公法上も私法上も、医師や医療機関はいついかなる時でも診療の求めに応じなければならないものではないことが、類型的に明らかにされた、とある。そのうえで、具体的にどのような場合に診療しないことが正当化されるのか、医師の応召義務についての事例が一覧化されている。医師の応召義務についての事例は診療時間内・勤務時間内と診療時間外・勤務時間外に分けて整理された。具体的な事例としては、(1)緊急対応が必要なケース(病状の深刻な救急患者など)、(2)緊急対応が不要なケース(病状の安定している患者など)、(2)の場合の個別事例ごとの整理(患者の迷惑行為、医療費不払い、入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院など、差別的な取扱い)がまとめられている(詳細はこちらを参照ください)。
例えば、緊急対応の要/不要に応じて、診療(勤務)時間内と時間外で下記のように区別されている:
(1)緊急対応が必要なケース
[診療時間内・勤務時間内]
○救急医療では、医療機関・医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、当該医療機関・医師以外の他の医療機関・医師による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される。
[診療時間外・勤務時間外]
○医の倫理上、応急的に必要な処置をとるべきとされるが、原則、公法上・私法上の責任に問われることはないと考えられる。
※ 必要な処置をとった場合においても、医療設備が不十分なことが想定されるため、求められる対応の程度は低い。(例えば、心肺蘇生法等の応急処置の実施など)
※ 診療所等へ直接患者が来院した場合、必要な処置を行った上で、救急対応の可能な病院等に対応を依頼するのが望ましい。
※ 診療した場合は民法上の緊急事務管理(民法第698条)に該当。
(2)緊急対応が不要なケース
[診療時間内・勤務時間内]
○原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要あり。ただし、緊急対応の必要があるケースに比べて、正当化される場合は緩やかに(広く)解釈される。
○医療機関・医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、当該医療機関・医師以外の他の医療機関・医師による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師の信頼関係などをも考慮。
[診療時間外・勤務時間外]
○即座に対応する必要はなく、診療しないことに問題はない。
○時間内の受診依頼、他の診察可能な診療所・病院などの紹介等の対応をとることが望ましい。
今後、厚生労働省は本報告書を基に医師の応召義務に関する通知を発出する見通し。松本氏は、診療現場に混乱を招くことなく、また患者・国民との信頼関係を損なうことなく適切な整理がなされるよう、日本医師会として注視していく方針であるとした。
(ケアネット 遊佐 なつみ)
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