治療フローが様変わり、「肝硬変診療ガイドライン2020」の変更点とは

提供元:ケアネット

印刷ボタン

公開日:2021/01/22

 

 肝硬変の非代償期と聞けば誰しもが諦めていたものだが、時代遅れと言われぬよう、この感覚をアップデートさせねばならないようだー。2020年11月、『肝硬変診療ガイドライン2020(改定第3版)』が発刊された。第2版が発刊された2015年から5年もの間に肝硬変治療に関する知見が数多く報告され、治療法は目まぐるしく変化している。そのため、海外の最新治療ガイドライン(GL)と齟齬がないように、かつ日本の実地診療に即したフローとなるよう留意し、日本肝臓学会と日本消化器病学会が対等の立場で初めて合同作成した。今回、その作成委員長を務めた吉治 仁志氏(奈良県立医科大学消化器・代謝内科 教授)に非専門医もおさえておくべき変更点やGLの活用方法についてインタビューした。

肝硬変症状、プライマリケアでも早期発見を

 今回の改訂において、“実地医家(プライマリケア医)にも使いやすい”を基本に作成を進めたと話した吉治氏。同氏によると、肝硬変は肝臓専門医による診療だけではなく、実地医家による日々の診療からの気付きが重要だという。「これまで非代償期の患者は予後不良で治療も困難であった。しかし、肝硬変は非代償期からも可逆性である事が明らかとなると共に、この5~10年の間に新薬が次々と登場し肝硬変治療に対する概念が変わったことで、非代償期を含めた肝硬変を非専門医にも診察してもらう意味がある」と説明した。

 今回のフローチャートの見やすさや検査項目の算出のしやすさは、そんな状況変化を反映させ刷新しており、肝硬変診断のフローチャートの身体所見に『黄疸』『掻痒感』が追加されたのもその一例である。同氏は「黄疸は進行例で発見されることが多く実地医家では診療が困難であったため、これまで所見として含まれていなかったが、現況を顧みて追加した」と補足した。一方、掻痒感については「多くの非専門医は肝臓疾患がもたらす痒みの認識が薄いように感じる。そのため、抗ヒスタミン薬などで経過観察され、その間に肝疾患が進行してしまう場合も散見される。冬場は乾燥によるかゆみを訴える患者も多いが、肝疾患によるかゆみは抗ヒスタミン薬が無効である例が多く、ほかの所見もあれば血液検査を行い肝臓疾患の有無について判別を行ってほしい」と訴えた。

栄養療法を簡単に個別化できるフローチャートへ

 肝硬変治療で重要となる栄養療法もフローチャートが明確になり非専門医でも利用しやすくなっているが、これには近年の肝硬変患者の成因変化が影響している。2008年の肝硬変成因別調査1),2)ではC型肝炎60.9%、アルコール性13.6%、NASH(非アルコール性脂肪性肝疾患)2.1%だったのに対し、2018年度の調査では抗ウイルス療法の進歩もありC型肝炎による比率が減少し、アルコール性やNASHの比率が増加している。このことから、「近年話題になっているサルコペニアや糖尿病合併肥満例などを踏まえ、これまで以上に体型別での栄養指導が必要になっている。また、第2版の栄養状態フローチャートでは非タンパク質呼吸商を求めなければならず、特殊な機械が必要であった」と昨今の問題点を述べ、「今回は海外GLを参照し、BMIなどで区分することで非専門医でも栄養食事療法を個別指導できるように設定した」とフローチャートの改訂理由と使用方法を説明した。

専門医が知っておくべき最新治療

 肝硬変に伴う合併症を改善させる薬が増え、投与タイミングなどの検証も始まっている。たとえば、日本の腹水治療は海外を先行しており、バソプレシンV2受容体拮抗薬のトルバプタン(商品名:サムスカ)を肝硬変に伴う腹水に投与できるのは現時点では日本のみ。本国を中心に現在トルバプタン治療が予後に与える影響が模索されている(『BQ4-7 肝硬変に伴う腹水に対してバソプレシンV2受容体拮抗薬は有用か?』)。

 また、血小板減少症の治療が血小板輸血から経口薬のトロンボポエチン受容体作動薬(ルストロンボパグ、商品名:ムルプレタ)にシフトできるようになったことも新しい話題であり、これについては「コロナ禍で献血を控える方が増えているなかで、輸血ではない有効な治療選択肢が増えたことは大変喜ばしい」と話した。

 このほか、『CQ4-14 肝性脳症に対して亜鉛製剤は有用か?』『CQ4-15 肝性脳症に対してカルニチンは有用か?』『CQ4-21 肝硬変に伴う血小板減少症に対して、トロンボポエチン受容体作動薬は有用か?』『CQ4-22 肝硬変に伴う掻痒症に対して、経口掻痒症改善薬(ナルフラフィン塩酸塩)は有用か?』など新たな項目についても、ぜひ一読してもらいたいとコメントした。

非専門医にも知ってもらいたい肝性脳症のもう1つの症状

 肝性脳症と言えば肝硬変特有の合併症で、意識消失や羽ばたき振戦などを伴うことが多い。しかし、臨床的にはほとんど異常を示さず神経学的テストで初めて診断可能で、認知・行動低下が生じるなど認知症と誤解されることもある“不顕性肝性脳症”(CHE:covert hepatic encephalopathy)という症例が肝硬変では2割程度存在することが明らかとなっている。欧米では、肝性脳症を成因で3つにカテゴライズしたり、昏睡度分類が用いられたりしているが日本では本GLを通じてこの概念が波及されることとなる。高齢者の自動車事故やフレイルの原因となる転倒が問題になっているが、不顕性肝性脳症患者もよく似た症状を示すため誤認の可能性もあることから「不顕性肝性脳症の存在や病態をぜひ理解してもらいたい」と述べた(『CQ4-12 不顕性肝性脳症に対して治療は必要か?』)。

 このほか、食道静脈瘤の破裂などの消化管出血、門脈圧亢進による汎血球減少症やホルモン代謝異常、肝腎症候群を含めた急性腎障害(AKI)や肝肺症候群、門脈圧亢進症に伴う肺高血圧症 (PoPH:Portopulmonary hypertension)など、多くの非肝臓専門医との関わりが重要となってくる。

 このように肝硬変の合併症は多岐にわたることから、「糖尿病合併例は糖尿病・内分泌内科医、肺高血圧合併症例は循環器医に介入してもらうのはもちろんのこと、整形外科医の方々にはこむら返りやサルコペニア・フレイル症例、皮膚科医や総合内科医の方々には掻痒感がある患者の肝臓疾患との鑑別を頭の片隅に置いて診療にあたってほしい」と締めくくった。

(ケアネット 土井 舞子)

参考文献・参考サイトはこちら

日本肝臓学会:日本肝臓学会ガイドライン

1)西口修平(監修). 肝硬変の成因別実態2018. 医学図書出版.