2024年6月、超党派の女性議員が主催するクオータ制(人種や性別、宗教などを基準に一定の比率で人数を割り当てる制度。狭義には女性に一定の議席を割り振る制度)勉強会に、大阪医科薬科大学一般・消化器外科の河野 恵美子氏が招かれ、「女性外科医を取り巻く問題」について講演を行った。講演後には自民党の野田 聖子氏、立憲民主党の辻元 清美氏、公明党の竹谷 とし子氏ら、出席した女性議員と意見交換を行った。
河野氏「医療機関に勤務する外科医は年々減少し、平均年齢は50歳を超えており1)、2024年度に外科領域の研修プログラムに登録した専攻医数は13の都道府県で5人以下だった2)。外科医不足は現在進行系で悪化しており、これまでなら診断から1ヵ月以内に手術を受けられたものが数ヵ月待たねばならない、緊急手術に対応できない、といったことがすでに起こり始めている。また、高齢化に伴いがん患者が増加し、手術の総件数は増えており、外科医不足はさらに悪化することが予測される。一方、外科医の総数に占める女性医師の割合は少しずつ増加しており、外科医不足対策には若手医師や女性医師が働き続けられる労働環境の整備が急務となっている。
私自身も参加した2013~17年における「日本における男性と女性の消化器外科医の短期手術結果の比較調査」(2022年にBMJ誌に掲載)3)では、医師の性別ごとの手術成績を比較した。結果、性別によって手術成績は変わらなかった。海外にも同様のテーマの研究報告が複数あり、私の知る限り、性別ごとにみた手術結果は同等、もしくは女性医師のほうが成績が良いというものだった。こうした事実にもかかわらず、なぜ外科領域において女性医師が指導的立場に就くことが少ないのか。現在日本外科学会の指定・認定施設は約1,200あるが、女性の代表者は12人とわずか1%に過ぎない。
女性医師が指導的立場に就けない理由は複数あると考えられるが、まずは妊娠・出産によって仕事が継続できなくなることがあるだろう。女性外科医の年齢別就業数をみると30~34歳をピークとして急激に低下している。さらに見逃せないのが経験とチャンスの差だ。私たちの研究グループでは、手術の種類別に外科医1人当たりの執刀数の男女別の検討も行った4)。結果として、女性外科医は医師登録後最初の2年間の虫垂切除術と胆嚢摘出術を除き、すべての年で6種類の手術すべての経験数が少ない傾向にあった。とくに低位前方切除術(27~29歳)は男性医師が女性医師の6.75倍、膵頭十二指腸切除術(30~33歳)は同22.2倍など、難易度の高い手術ほど経験数の男女差が開く傾向が認められた。つまり、女性外科医は男性外科医と比較して手術、とくに難易度の高い手術を任せてもらえていない。これは妊娠出産だけでは説明がつかない格差だ。結果として手術経験数が問われる専門医取得が遅くなる、または取得・維持自体が困難になり、組織の中で指導的立場に上がれない構造が明らかになった。
では、何を優先して改革を進めるべきか。まずは働き方改革だろう。昨年消化器外科学会が会員に対して行ったアンケート5)では、3,000人弱の回答者のうち2割近くが週70時間以上勤務しており、今年から医師の働き方改革が始まっても大きくは改善していないことが予想される。さらに主な育児の担い手として、男性医師の96.3%が「配偶者」と回答したのに対し、女性医師の76.3%が「自分」と回答した。雇用形態も男性医師が常勤中心であるのに対し、子供を持つ女性医師は2割以上が非常勤と差があり、家事育児の負担が女性に偏っている状況が明らかになった。この状態を是正しなければならない。
私自身も子供を育てながら常勤医を続けてきたが、夫の協力があっても過労で倒れるくらい過酷なものであり、周囲の多くの女性医師がキャリアを断念するのも目にしてきた。外科医を増やし、タスクシフトを進めて勤務時間を減らし、女性医師だけでなく、男性医師も過度な負担なく働き続けられる環境をつくらねばならない。急性期病院の集約化や急性期医療に対するメリハリの付いた診療報酬体系の改革も必要だろう。
さらに意識改革も重要だ。男性が稼ぎ主となることを前提とした公的年金・税制度の改革は政治にしかできないことであり、多くの人の意識改革にもつながるため、ぜひとも早急に実現してほしい。女性の活躍なくして医療はもちろん、国全体の発展もあり得ない。」
講演後には参加した女性議員より「医療における男女格差についてデータ化、論文化し、トップジャーナルに掲載されたことは素晴らしい。問題は可視化されてはじめて議論できるようになる」「海外では大手企業の取締役に一定数の女性を入れることを義務付けるクオータ制を採用する国も多く、日本でも東証プライム上場企業に対し女性役員比率30%という数値目標が掲げられている。医療機関でも施設認定などの際に意思決定層の女性比率を要件とするのも1つのアイデアではないか」「ジェンダーバイアスをなくすための研究に予算を取るべきだ」といった意見・感想が寄せられた。
河野氏は「2023年、日本消化器外科学会学会総会では、男女共同参画を推進する『函館宣言』が発出された。時代は確実に変わりつつある。男女や世代で分断するのではなく、問題が山積した今の医療制度をどう変えたらよいのか、みんなで考える機運を盛り上げたい」とまとめた。
(ケアネット 杉崎 真名)