先週、愛育病院が労働基準監督署が求める夜勤体制の確保が困難であることを理由に、東京都に総合周産期母子医療センターの返上を申し出ていた問題が報じられたが、これに関連して全国医師連盟は以下の見解を発表した。「総合周産期センター等の医療機関における労働環境」についての見解
平成21年3月25日、恩賜財団母子愛育会・愛育病院(中林正雄院長)が、
・時間外労働に関する労使協定(労働基準法第36条に基づく、いわゆる36協定)を結ばずに医師に時間外労働をさせた
・必要な休息時間や休日を与えなかった
・時間外労働に対して割増賃金を与えていなかった
として、労働基準法違反で是正勧告を受けていたことが報じられました。
また、同日、日本赤十字社医療センター(幕内雅敏院長)に対しても、
・36協定を締結していなかった
・職員の休憩時間が短かった
・昨年10月に研修医の宿直業務について時間外労働時間に対する割増賃金を払っていなかった
として、労働基準監督署から指摘を受けていたことが報じられました。
両医療機関においては、違法な労働環境が日常的に放置され、医療従事者の労働安全が損なわれていました。これは、妊産婦・新生児・患者に対しても大きなリスクになっており、看過することは出来ません。
医師の長時間労働が患者の安全を脅かすことは、江原朗の論文によって示されており(Ehara A. Are long physician working hours harmful to patient safety? Pediatr Int
2008;50:175-178)、労働法規上の規制だけでなく、医療安全上の観点からも許容されるものではありません。
厚生労働省労働基準局は、平成15年に医師の宿日直実態を問題視し、約600の医療機関に対して監督を実施しました。しかし、今なお多くの医療機関において、労働基準法および労働安全衛生法に違反する状態が続いており、今回の是正勧告も決して一部の病院だけのことではなく、氷山の一角にすぎないことを認識すべきだと思われます。
さらに、今回、総合周産期母子医療センターにおける夜間の勤務時間が、労働基準法第41条にいう「宿直勤務」(労働時間には算定されない)に該当せず、法律上は賃金支払い義務のある通常の「労働時間」に他ならないと指摘された事実は重要です。全国医師連盟執行部は、全国の医療機関管理者に対し、今回の是正勧告を真摯に受け止めて、労働法令を遵守した勤務体制を確立するよう、強く求めます。
現在、過酷な労働環境にある基幹病院において、医師の退職が相次いでいることは、各種報道により明らかになりつつあります。しかし、より重要な事実として、医療現場での違法な労働環境が長年放置されている事は、世間一般に報じられないことはもとより、医療界内部ですら問題として取り上げられてきませんでした。それ故に、医療機関における違法な労働環境の指摘と是正指導に着手した所轄労働基準監督署と、それを報道したメディアを強く支持します。
全国医師連盟執行部では、今回の出来事の背景には、地域での充実した周産期医療や救急医療を期待されても、それに対応出来る充分な助成補助や診療報酬の配分を受けられるしくみが整えられていないため、医療機関の採算性が悪化し、慢性的な赤字に追い込まれている現実があると認識しています。時間外診療やより安全な診療を提供するには、お金も人手もかかるものなのです。
そこで、違法かつ過重な労働時間を解消するために、次の2点が速やかに改善されるよう希望します。
・医療従事者の待遇改善と必要数の確保
・周産期、救急医療などに関わる医療機関に対する財政的支援の強化
また、法に定められた最低限の労働環境すら確保しようとしない医療機関に対しては、厚生労働省労働基準局ならびに地方労働局と所轄の労働基準監督署が、厳正な法令解釈で是正指導に臨むことを支持し、悪質事例については刑事立件化も含めて積極的に対処することにより、医療機関における労働環境が真に適正化されることを期待しています。
平成21年3月30日 全国医師連盟執行部