脳の「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンが、加齢に伴う脳機能の低下に関係している可能性のあることが、米ジョンズ・ホプキンス大学精神医学・行動科学教授のGwenn Smith氏らの研究によって明らかになった。軽度認知障害(MCI)がある人では健康な人と比べて、記憶や問題解決、情動に関連する重要な脳領域におけるセロトニントランスポーター(5-HTT、セロトニンの濃度調節に関わるタンパク質)の量が少ないことが示された。また、MCIの患者では、アルツハイマー病患者の脳内で有害なタンパク質の塊を形成するアミロイドβ(Aβ)の量が多いことも分かった。研究の詳細は、「Journal of Alzheimer’s Disease」10月24日号に掲載された。
MCIは正常な脳機能と認知症の中間に当たる状態で、最近起こったできごとを忘れがちになる、適切な言葉が思い浮かびにくくなる、嗅覚が衰えるといった症状が現れる。MCIを発症した人の中には、その状態が維持される人もいるが、アルツハイマー病などの認知症に進行する人もいる。
Smith氏らの今回の研究は、前向きな気分や食欲、睡眠に関連する脳内の神経伝達物質であるセロトニンに着目して実施された。セロトニンの減少は、抑うつ状態や不安、精神的な障害に関連することが多くの研究で示されている。また、ジョンズ・ホプキンス大学で実施されたマウスを用いた研究では、脳内の広範囲にわたってAβのプラークが形成され始める前にセロトニンが減少することが示されている。
Smith氏らは、55歳以上のMCIのある49人とMCIのない健康な45人を対象に、2009年から2022年にかけて、脳のPET検査で5-HTTとAβの分布を調べるとともに、構造的MRIで脳構造を評価し、神経心理学的評価も行った。
その結果、MCIのある人では健康な人に比べて、大脳皮質、線条体、大脳辺縁系での5-HTT量が少なく、皮質でのAβの量が多いことが明らかになった。特に、辺縁系領域での5-HTT量の低下は、聴覚-言語記憶と視覚-空間記憶、および意味流暢性におけるより重度の障害と関連することが示された。さらに、大脳皮質のAβ量の多さも、聴覚-言語記憶、視覚-空間記憶、および意味流暢性におけるより重度の障害と関連していた。
こうした結果についてSmith氏は、「MCI患者において5-HTT量の減少と記憶力の問題に関連が認められたことは重要だ。なぜなら、認知障害の改善、さらには抑うつ症状の改善をもたらす可能性のある、安全に標的とすることのできる脳内の化学物質の同定に至ったと考えられるからだ」と説明している。
さらに同氏は「MCIからアルツハイマー病への移行に経時的なセロトニンの減少が直接関係していることが証明されれば、最近開発された抗うつ薬が認知障害や抑うつ症状を改善する効果的な手段となり、さらには疾患の進行を遅らせるための強力な方法となる可能性も見えてくる」と話す。
ただし、今回の研究デザインでは、セロトニンの減少が脳機能の低下を引き起こし得る理由について明らかにすることや、セロトニンの減少と認知機能の低下との直接的な因果関係を示すことはできない点に注意が必要だ。
Smith氏らは、今後はMCIがある人の脳内のセロトニンの減少とAβの増加の程度をより正確に調べる研究を行う必要があると話している。また、アルツハイマー病との関連が指摘されているもう一つのタンパク質であるタウタンパク質の量についても調べたいとの意向を示している。
[2023年12月11日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら