「肥満症」というスティグマが診療を遅らせる/リリー・田辺三菱

提供元:ケアネット

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公開日:2025/03/05

 

 日本イーライリリーと田辺三菱製薬は、2024年12月に持続性GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチド(商品名:ゼップバウンド)について、「肥満症」を効能・効果として国内製造販売承認を取得した。この新たな効能・効果の取得につき、両社の合同で「『肥満症』-正しい理解と治療の重要性」をテーマとしたプレスセミナーを開催した。

 セミナーでは、肥満症の基礎情報、要因、社会的スティグマ(偏見や差別)や診療についてのレクチャーのほか、医療経済の観点から肥満症治療の社会的な意義について講演された。

肥満症へのスティグマが診療を萎縮させる

 「肥満症が正しく理解される未来に向けて-肥満症のアンメットニーズと現在地の理解-肥満症当事者、医師、一般消費者を対象とした意識調査の結果を受けて」をテーマに益崎 裕章氏(琉球大学大学院医学研究科内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座 教授)が、肥満症の疫学、定義と診療、アンケート調査結果の説明を行った。

 世界中に18歳以上の過体重および肥満とされる人口は約25億例と推定され、わが国ではBMI≧25の肥満人口は約2,800万例とされ、男性や小児の肥満が増加傾向にある。また、わが国の肥満症の定義は、BMI≧25で、耐糖能障害(2型糖尿病など)、脂質異常症、高血圧などの11の疾患のうち1つ以上を併存している人とされている。

 肥満症の発症には、環境因子や生活習慣因子に加え、遺伝的因子や心理的因子など、さまざまな要因が複合的に関与して発症する1)。肥満症では、内臓脂肪の過剰蓄積も肥満関連健康障害(糖尿病、脂質異常症および高血圧症など)のリスク因子となり、とくに東アジア人では肥満の有無にかかわらず内臓脂肪を蓄積しやすい傾向であり、日本人はBMIが高くなくても肥満関連健康障害を伴いやすい特徴がある。この余剰な脂肪蓄積から始まるメタボリックドミノはインスリン抵抗性や高血圧などのリスクとなる。

 そこで、こうしたリスク回避には体重の減少が重要となるが、肥満を治療することで、肥満に起因ないし関連する健康障害の発症や進行を予防できる可能性があるとするさまざまな研究報告が出されている。

 肥満症治療の基本は食事療法や運動療法であり、治療により肥満に起因ないし関連する健康障害の改善が期待できる。英国で行われた“DiRECT試験”は、BMI27~45で2型糖尿病を伴う20~65歳、306例を対象とした非盲検クラスターランダム化試験であり、食事療法・運動療法により24%の対象者が15kg以上の減量を達成。そのうちの86%が2型糖尿病の寛解に近い状態(HbA1c6.5%未満)を達成したとの報告がなされている2)

 一方で、人体には恒常性の維持機能があり、「ダイエットで、ある程度体重減少があっても、長期にわたり同じ体重を維持することは困難なケースもあり、生活習慣の介入だけでは不十分な可能性もある」と益崎氏は指摘する。

 肥満や肥満症は、複合的な要因が関与するにもかかわらず、「食べ過ぎ」など個人の生活上の要因に帰せられる傾向にあり、「自己管理の問題」と考えられがちである。そして、肥満・肥満症のある人は、職場や教育現場のみならず、医療現場においてもスティグマに直面することがあるという。同時に、肥満・肥満症のある人が自分自身の責任であると考えてしまう「セルフ・スティグマ」もある。こうした肥満・肥満症のある人へのスティグマは、心理的負担や社会的不利益をもたらすだけでなく、適切な治療の機会までも奪ってしまう場合があり、医療者に相談するまで約3年必要だったという報告もある3)。同氏は「肥満や肥満症を持つ人が適切な治療を受け、QOLの改善を達成するためには、スティグマの解消が不可欠」と語る。

肥満症患者の9割が「肥満は自己責任」と意識

 肥満症の治療では、先述のように食事・運動・行動療法による減量を図り、改善が得られなかった場合に、薬物療法や外科療法の導入が検討される。その目的は、減量により健康障害・健康障害リスクを改善し、QOLの改善につなげることであり、このため「社会全体で取り組んでいく必要がある」と同氏は語る。

 では、社会や医療者は肥満・肥満症の人をどのように見ているのか。日本イーライリリーと田辺三菱製薬が共同で行った「肥満症患者・医師・一般の人を対象にした肥満・肥満症に関する意識調査」の結果について説明を行った。この調査は、肥満症患者300人、医師300人、一般の人1,000人を対象に調査を行ったもので、結果の概要は以下のとおりだった(一部抜粋)。

・一般の人の7割、肥満症患者の9割が「肥満は自己責任」と考えていた。患者の自己責任意識は一般の人よりも強かった。
・科学的な根拠を示され「肥満や肥満症は複合要因で起こる」と知っても、肥満症患者3.4割、一般の人の4.1割が「自分の努力だけでは解決が難しい」に「同意」しなかった。
・肥満症は「治療が必要」という人が肥満症患者・医師・一般の人ともに約7割以上いた。しかし、いざ保険診療で治療するとなると、一部の回答者には抵抗感がみられる結果だった。
・肥満症患者も医師も、体重について「話したいが話題にしにくい」現状。話しにくさの根源にはスティグマが存在している。

 終わりに同氏は、「肥満症は治療が必要な慢性疾患であること、オベシティ・スティグマ(肥満への偏見)の存在が適切な治療介入を妨げている可能性があること、新たな治療選択肢の登場により、肥満症治療はアプローチや支援を見直すとき」と述べ、レクチャーを終えた。

治療のコストだけでない肥満症のコスト

 「肥満症の疾病負担・疾病費用治療の価値は、どこにある?」をテーマに五十嵐 中氏(東京大学大学院薬学系研究科 医療政策・公衆衛生学 特任准教授)が、肥満症治療の社会的な意義について説明した。

 肥満症の疾病負担は、世界の傾向とわが国の傾向は同一ではなく、独自の傾向をみせているという。その理由として、世界のレベルと比較すると高度な肥満者が少ないこと、非感染性疾患(NCD)が多いことなどが挙げられる。また、がん、希少疾病、認知症の財政影響を比較し、「患者数、投与期間によってコストは変化するが、認知症や肥満症などの慢性化する疾患では、患者数や治療薬の投与期間が長いので財政的な検討が必要」と同氏は今後の課題を提起した。

 肥満症のコストについて、医療費が0.7~2.8兆円、生産性損失について就労の中断などで1.1兆円、業務の遅滞などで0.9兆円、死亡で2.8兆円と総額4.8兆円のコストを示すとともに、最近は患者などの介助者の負担も計算する傾向にあるという。そのほか、「こうした介助者の健康悪化も今後はコストの検討が必要であり、広くさまざまな価値をみていく必要がある」と同氏は指摘した。

 肥満症当事者と医師によるトークセッションでは、患者さんの肥満になったきっかけやスティグマにより生活をしていくうえで苦しいこと、医療者の視点で今後の肥満症診療の在り方などが、先述のアンケート調査の内容を基に語られた。

(ケアネット 稲川 進)