治療抵抗性の大うつ病性障害(以下、うつ病)に対する治療法として、ケタミンの静脈内投与が電気けいれん療法(ECT)の代わりになり得る可能性のあることが、米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院のAmit Anand氏らによる臨床試験で示された。詳細は、「The New England Journal of Medicine(NEJM)」に5月24日掲載された。
現在、さまざまな薬物療法や精神療法を試しても奏効しない治療抵抗性のうつ病患者に対しては、「ショック療法」とも呼ばれているECTが施行されることがある。これは、脳に電気刺激を与えて一時的なけいれんを誘発する治療法だ。ECTは、これまで80年にわたってうつ病の治療に用いられてきており、有効かつ即効性があると考えられている。しかし、認知面への副作用や社会的スティグマなどが原因で十分に活用されていない。その一方で、強力な麻酔薬であり、以前から違法な「パーティードラッグ」としても使用されてきた静注用ケタミンを抗うつ薬として使用できるかどうかについても、これまで研究が行われてきた。
今回報告された臨床試験には、2017年3月から2022年9月の間に治療抵抗性のうつ病患者403人が登録された。Anand氏によると、本試験は、ケタミンとECTを比較した臨床試験の中では最大規模であるという。参加者は、1週間に3回ECTを施行する群と、1週間に2回、体重1kg当たり0.5mgのケタミンを40分かけて投与する群のいずれかにランダムに割り付けられた。最終的に195人がケタミンの投与、170人がECTを3週間にわたって受け、その後、6カ月にわたって追跡された。主要評価項目は治療に対する反応とし、これは、治療終了時の自己報告による簡易抑うつ症状尺度16項目(QIDS-SR-16)のスコアの初回治療時から50%以上の改善とした。QIDS-SR-16のスコアは0〜27点で、高スコアほど抑うつ症状が重いことを意味する。
その結果、抑うつ症状が50%以上改善した患者の割合は、ECT施行群の41.2%に対してケタミン投与群では55.4%と半数を超えていた。また、ケタミン投与群では治療中の一過性の解離感を除けば副作用は認められなかった。一方、ECT施行群には、ホプキンス言語学習テスト改訂版による評価で想起力に低下が認められ、また、筋骨格系の問題と関連していた。
研究責任者で米マウントサイナイ・アイカーン医科大学のJames Murrough氏は、「これらは驚くべき結果だったと言わざるを得ない」と話す。ただし、この試験では、ECTに対するケタミンの優位性の評価は行われておらず、結果が意味するのは「数値上は、ケタミンの成績は極めて良好であったこと」として、慎重な解釈を求めている。
うつ病患者の多くでは、フルオキセチン(米国での商品名プロザック、日本国内未承認)といった選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などのファーストライン(第一選択薬)の抗うつ薬による治療が奏効する。しかし、残念ながら一部の患者はファーストライン治療薬による治療を繰り返してもうつ病を克服できない。
解離性麻酔薬のケタミンは現在、鎮痛薬および全身麻酔薬として米食品医薬品局(FDA)に承認されているが、抗うつ薬としては未承認であるため、うつ病に対しては適応外使用となる。また、ケタミンは規制薬物であり、「乱用につながる危険性もある」とMurrough氏は言う。さらに、うつ病治療として使用可能な期間がどの程度なのかについても現時点では不明であるほか、今回の試験は精神病のないうつ病患者を対象としていたが、ケタミンは精神病を悪化させる可能性がある点にも留意しておく必要がある。
この臨床試験には関与していない米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)精神医学教授のAndrew Leuchter氏は、治療抵抗性うつ病患者が家庭や仕事、生活の中での機能を取り戻す上でケタミンにどの程度の効果があるのか、また効果の持続期間がどの程度であるのかを知りたいという。その背景について同氏は、「ECTの臨床試験では、再発予防を目的とした適切な薬物治療が行われない限り、最初の6カ月間の再発率は驚くほど高いことが示されている」と説明している。
[2023年5月25日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら