日本人がん患者の栄養管理は、2022年より周術期栄養管理加算や外来栄養食事指導料が算定できるようになったことで、その管理体制は改善傾向にある。しかし、栄養治療が必要な患者に十分届いているとは言い難く、適切な栄養管理によってより良い予後をもたらすことが日本栄養治療学会(JSPEN)としての喫緊の課題になっている。そんな最中、2024年10月に『がん患者診療のための栄養治療ガイドライン 2024年版 総論編』が発刊されたため、作成ワーキンググループのガイドライン委員会前委員長である小谷 穣治氏(神戸大学大学院医学研究科外科系講座 災害・救急医学分野 教授)にがん患者の栄養管理の実際やガイドラインで押さえておくべき内容について話を聞いた。
がん患者への栄養管理の意味
がん患者の場合、がんの病状変化や治療により経口摂取に支障が生じ、体重減少を伴う低栄養に陥りやすくなるため、「食事摂取量を改善させる」「代謝障害を抑制する」「筋肉量と身体活動を増加させる」ことを目的として栄養治療が行われる。
国内におけるがん治療に対する栄養治療は、食道癌診療ガイドラインや膵癌診療ガイドラインなど臓器別のガイドラインではすでに示されているが、海外にならって臓器横断的な視点と多職種連携を重要視したガイドラインを作成するべく、今回、JSPENがその役割を担った。本書では、重要臨床課題として
「周術期のがん患者には、どのような栄養治療が適切か?」「放射線療法を受けるがん患者には、どのような栄養治療が適切か?」といった事柄をピックアップし、Minds
*方式で作成された4つのClinical Question(CQ)を設定している。本書の大部分を占める背景知識では現況のエビデンス解説が行われ、患者団体から集まった疑問に答えるコラムが加わったことも特徴である。
*厚生労働省委託業務EBM普及推進事業、Medical Information Distribution Service
なお、
がん患者に対する栄養治療が「がん」を増殖させるという解釈は、臨床的に明らかな知見ではないため、“栄養治療を適切に行うべき”と本書に記されている。
医師に求められる栄養治療
医師が栄養治療に介入するタイミングについて、p.39~40に記された医師の役割の項目を踏まえ、小谷氏は「(1)診断時、(2)治療開始前、(3)治療中、(4)治療終了後[入院期間中、退院後]と分けることができるが、どの段階でも介入が不足しているのではないか。とくに治療開始前の介入は、予後が改善されるエビデンスが多数あるにもかかわらず(p.34~35参照)、介入しきれていない印象を持っている。ただし、入院治療が始まる前から食欲低下による痩せが認められる場合には、微量元素やビタミン類を含めた血液検査がなされるなどの介入ができていると見受けられる」とコメントした。
介入するうえでの臨床疑問はCQで示されており、CQ1-1(頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、術前の一般的な栄養治療を行うことは推奨されるか?[推奨の強さ:弱い、エビデンスの確実性:弱い])については、日本外科感染症学会が編集する『
消化器外科SSI予防のための周術期管理ガイドライン』のCQ3-4(頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、術前の一般的な栄養治療[経口・経腸栄養、静脈栄養]を行うことは推奨されるか?)と同様に術前介入について言及している。これに対し同氏は「両者に目を通す際、日本外科感染症学会で評価されたアウトカムはSSI
※であり、本ガイドラインでの評価アウトカム(術後合併症数、術後死亡率、術後在院日数など)とは異なることに注意が必要」と述べた。
※Surgical Site Infectionの略、手術部位感染
また、CQ1-2(頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、周術期に免疫栄養療法を行うことは推奨されるか?[推奨の強さ:強い、エビデンスの確実性:中程度])で触れられている免疫栄養療法については、「アルギニン、n3系脂肪酸、グルタミンが用いられるが、成分ごとに比較した評価はなく、どの成分が術後合併症の発生率低下や費用対効果として推奨されるのかは不明」と説明しながら、「今回の益と害のバランス評価において、免疫栄養療法を実施することによって術後合併症が22%減少、術後在院日数が1.52日短縮することが示された。また、術後の免疫栄養療法では術後の非感染性合併症も減少する可能性が示された(p.135)」と説明した。
<目次>―――――――――――――――――――
第1章:本ガイドラインの基本理念・概要
第2章:背景知識
1. がん資料における代謝・栄養学
2. 栄養評価と治療の実際
3. 特定の患者カテゴリーへの介入
第3章:臨床疑問
CQ1-1:頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、術前の一般的な栄養治療(経口・経腸栄養、静脈栄養)を行うことは推奨されるか?
CQ1-2:頭頸部・消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、周術期に免疫栄養療法を行うことは推奨されるか?
CQ2:成人の根治目的の癌治療を終了したがん罹患経験者(再発を経験した者を除く)に対して、栄養治療を行うことは推奨されるか?
CQ3:根治不能な進行性・再発性がんに罹患し、抗がん薬治療に不応・不耐となった成人患者に対して、管理栄養士などによる栄養カウンセリングを行うことは推奨されるか?
第4章:コラム
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最後に同氏は、「現代は2人に1人はがんになると言われているが、もともとがん患者は栄養不良のことが多い。また、その栄養不良ががんを悪化させ、栄養不良そのもので亡くなるケースもある。周術期や治療前にすでに栄養状態が悪くなっている場合もあることから、栄養管理の重要性を理解するためにも、がんに関わる医療者全員に本書を読んでいただきたい」と締めくくった。
(ケアネット 土井 舞子)