脳卒中を発症した患者に対し、機械的血栓回収療法と呼ばれる標準的な治療に加え、「神経保護薬」を使用することで、その後の死亡リスクや後遺症のリスクが低下する可能性を示した臨床試験の結果が報告された。この神経保護薬はApTOLLと呼ばれるもので、炎症を抑えることで脳の組織を保護する作用があるという。バルデブロン病院(スペイン)のMarc Ribo氏らが実施したこの試験の結果は、国際脳卒中学会(ISC 2023、2月8~10日、米ダラス)で発表された。
脳卒中には、血栓によって脳の血管が詰まり、脳の一部の血流が途絶えて起こる虚血性脳卒中と、脳の血管が破れて血液が漏れ出ることで起こる脳出血がある。発生頻度は、虚血性脳卒中の方が脳出血よりも大幅に高い。
Ribo氏らが今回報告した臨床試験は、2021年7月~2022年4月にフランスとスペインの15施設の病院で治療を受けた150人以上の虚血性脳卒中患者(平均年齢70歳)を対象に実施された。試験参加者は、ApTOLLを0.05mg/kg投与する群(低用量ApTOLL群)、同薬を0.2mg/kg投与する群(高用量ApTOLL群)、プラセボを投与する群(プラセボ群)のいずれかにランダムに割り付けられた。全ての参加者が、脳卒中の発症から6時間以内に血管内の血栓を取り除き、血流を再開させることを目的とした機械的血栓回収療法と、必要に応じてt-PA(組織型プラスミノーゲンアクチベーター)の投与(血栓溶解療法)を受けていた。
その結果、治療から90日後の死亡率は、プラセボ群の18%に対して高用量ApTOLL群では4%と、ほぼ4分の1以下に低下していた。また、治療から72時間後の脳画像検査では、ダメージを受けた脳組織の容積がプラセボ群と比べて高用量ApTOLL群では40%減少していることも確認された。さらに治療から90日後に障害が認められなかった患者の割合は、高用量ApTOLL群では64%に上ったが、プラセボ群では47%にとどまっていた。一方、低容量ApTOLL群では、プラセボ群に対して目立った効果は認められなかった。
これらの結果についてRibo氏は、「神経保護薬に関する試験で、ダメージを受けた脳組織の容積を減少させるという生物学的な有益性だけでなく、長期的な障害と死亡のリスク低減も示されたのは今回が初めて」と報告している。
ただし、ApTOLLの実用化までにはさらなる研究が必要だ。Ribo氏は、「より大規模な集団で検証的試験を実施する必要がある。われわれは、そのような試験を2023年の第4四半期に開始することを目指している」と明かし、「もし全てがうまくいき、今回の結果が再現されれば、数年以内にこの薬が使えるようになるかもしれない」と期待を示す。
なお、今回の臨床試験では、参加者の一部はt-PA療法も受けていた。t-PAは、脳卒中を発症した患者の麻痺や言語障害などの後遺症に対する予防効果が極めて高いが、発症後4.5時間以内の投与が必要であり、投与が早ければ早いほど転帰も改善することが分かっている。Ribo氏は、「ApTOLLは脳にダメージが及ぶ一連の流れを停止させることで、t-PA療法、あるいは機械的血栓回収療法が実施可能な時間枠の延長に寄与するのではないか」との見方を示している。
一方、脳卒中の専門家らは、ApTOLLが実際に使用できるようになるには、乗り越えるべき数多くのハードルが残されていることを指摘し、今回の報告を慎重に受け止めるよう呼びかけている。
米クリーブランド・クリニック脳卒中プログラムのAndrew Russman氏は、「早期段階では有用性を示しながらも、大規模な後期段階の臨床試験では効果を示すことができなかった神経保護薬は数えきれないほどある」と話し、「この新しい薬のポテンシャルはまだ証明されていない。より大規模で信頼性の高い臨床試験が完遂されるまで、まだ数年はかかるのではないか」との見方を示している。
[2023年2月9日/HealthDayNews]Copyright (c) 2023 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら